第1章 荒野に芽吹いた花の名は【信長】
《信長目線》
あの日
燃え盛る炎の中。
突然この俺の前に姿を現し
この命を救った女。美蘭。
聞けば500年先からやって来たと宣い
天下人の寵愛などいらぬと言い放つ大うつけ。
此奴は、
この安土に幸運をもたらす女に違いない。
そう直感した俺は美蘭を安土に住まわせ、好きにさせているが
この俺に震えながらも異を唱え、そうかと思えば他愛ない事柄に顔をほころばせる。
くるくると変わる表情と、
意表をつくその言の葉は、
力と権力に魅了され、俺に近づくことで利を得ようとする者どもからは遥か程遠い無欲。
それどころか、遊んで暮らすなど耐えられんと。世話役を申し出た上、針子仕事まで始める始末。
戦に連れて行けば、子兎のように震えながら怪我をした兵の救護をやり切り、そこでもまた、この俺の命を救った。
そしてそれでも尚、褒美もいらんと言う。
面白い。
この俺はもとより、キレ者揃いの武将ども…あやつら全員の予想を裏切る言の葉も行動も、
小娘に手を焼く武将どもも。
女子(おなご)1人。
権力でも、男の力でも、如何様にも思うようにしてやれるのだが。
成り行きを見守る方が愉快に違いない。
信長が、天守で1人脇息に肘を掛けながら、そんなことを考えて、無意識に顔に笑みを浮かべていると、
廊下からこの天守へ向かう足音が聞こえてきた。
「御館様。」
「秀吉か。」
「はっ。只今城下より戻りました。」
楽市楽座で、商人に平等な機会を与えた信長。
城下はその甲斐あって活気があり、人は集まり金も潤沢に流通しているのだが、金があるところには常に、それをより多くせしめようとする悪どい輩が蛆虫のごとく発生する。
そうした輩に目を光らせるのは、秀吉の役目。
日頃は人員を配して目を光らせているのであるが、今日は、美蘭を案内しながら、久しぶりに秀吉直々に城下を見回って来たのであった。
「…という訳で、城下に不穏な動きはございませんでした。」
秀吉の報告をひと通り聴き終えた信長は、
「そうか。して…彼奴(あやつ)はどうであった?」
もうひとつの興味に触れた。