第32章 捕らわれた未来(5)
机の上に置いた羽織を掴み、急いで部屋から飛び出す。
威勢のいい兵士たちの声が外から聞こえ、私は呼吸を整える暇もなく外に向かって走り続ける。
(私のばかっ!こんな日に寝過ごすなんてっ)
ずらりと城の入り口に並んだ兵士たちの横をすり抜け、先頭にいるはずの家康の元に急ぐ。
「……絶対、この戦に勝つ」
家康の声が空に響く。
その強さを含んだ冷静な声に、兵士たちはいきり立ったように掛け声を上げ旗を掲げる。
「家康っ!!」
羽織を翻し、馬に飛び乗る家康の背中を見つけて、私は声を上げ側に駆け寄る。
「……っ…はぁ……ご、ごめんな、さいっ…大事な日なのに」
「……息切らしてまで、別に見送らなくていい」
家康の言葉は素っ気なかったけど、馬に乗ったまま、私の頭をそっと撫でる手は凄く優しかった。
「あのねっ、どうしてもこれ渡したくて」
私は昨日仕立てたばかりの陣羽織を家康に渡す。
「お守りの時みたいに、ひと針ひと針思いを込めて作ったの」
本当は普段来て貰うために仕立てた羽織だったけど、戦に行くと聞いて急遽作り直した。
邪魔じゃなければ持って行って欲しい、と私がお願いすると、家康は一瞬だけ目を開いた後、突然着ていた羽織を脱ぎそれに着替える。
「着心地も良いし、軽くて動きやすい……」
気に入った、と言いながら優しい表情を浮かべる家康に、嬉しさと寂しさが急に込み上げてくる。
必死に溢れそうになる涙を堪えると、家康は脱いだ方の羽織を私の頭に被せ、そのまま自分の方へ引き寄せる……
そして
周りから見えない様に羽織の中で……
行ってきます。
私達は口づけを交わした。
「……いざ、出陣!!」
家康は空高く声を上げ、馬の手綱を取り颯爽と駆け出す。
初めて見る武将としての家康の姿に、私はその背中に背負う者の大きさを身をもって知る。
(必ず帰ってきて)
私はどんどん遠ざかる背中を見つめながら、家康の香りがついた羽織をギュッと握りしめた。