第167章 はじまりの物語
採点した点数を見て苦笑いするひまり。俺は眉のあたりで揃ったひまりの前髪をクシャと握り、微かに除いた額を指先で弾く。
「いたっ!……っ」
「まだ、時間あるし。合格圏内の点数だから、気にしない」
「……う、うんっ!ありがと!頑張るね!」
「もう、遅いし送ってく」
遠慮するひまりを無視して、俺も一緒に外に出たすると、ひまりは何かを思い出したように短い声を上げ、ゴソゴソとカバンの中をあさり……何かを取り出す。
「合格祈願のお守り!作ったんだ!」
はい。と差し出され、それを受け取った。
「何で、鹿の形してるの?」
「え?だって可愛いし、鹿って神様の使いって言われてるし……家康に似てるし」
ようするに、特に深い意味はないらしい。
(ってか、似てないし)
街頭の灯りにそれを照らす。翡翠色の着物地で、子鹿を形どったお守り。胴体部分にわざわざ『合格祈願』と刺繍までしてあって、さすが趣味が裁縫なだけある。店で売っていても普通に通用するぐらいの完成度。
「お揃い!私のは薄黄色で、家康のは翡翠色!」
ひまりは、自分の分を取り出し顔の横に持ち上げると、ふわりと笑った。
「……俺には必要ないけど。一応、貰っとく」
ほんとは嬉しい癖に、捻くれたことしか言えない俺。でも、ひまりは嫌な顔一つせず
「素直じゃないなぁ。……口元、緩んでるよ?」
天邪鬼さん?と、悪戯っ子のように笑う。
「………ばーか」
そう言いながら口元を手で隠す俺。ひまりはクスクスと笑い、おやすみ〜と言って手を軽く振りながら、家の中に入っていく。
俺は家に戻り、自分の部屋に入る。
机の上にお守りを置き、椅子に座った。
「……こんなこと書いてあったら、欲しくなるし」
近くに置いてあった、一冊のノート。独り言をぼやいてからそれを手に取る。
ハート柄のノート。
たまたま、教室で拾ったひまりのモノ。
一ページ目に書いてある言葉を見て……
『家康と一緒の高校に受かりますように』
つい、自分のカバンの中に。
(どうせ、願掛けのつもりで書いたんだろうけど……)
ほんと可愛すぎ。
やっぱ、そろそろ……
幼馴染ごっこは、終わらせないとね。