第167章 はじまりの物語
夕飯の後片付けも終わり、いよいよ受験生らしく勉強会が始まる。お母さんにはメールで遅くなると伝え、私はセーターの袖を捲し上げた。
「う〜ん……これは、確か……」
家康が作ってくれた問題に集中して解き始めたものの……かなり難しい。私が日頃やっている過去問とは、レベルが違いすぎる。
思わず向かい合わせに座る家康に視線を向ければ、呑気に携帯を弄っていて完全に私の存在を忘れているみたい。
「あの〜家康先生?ちょっと、難しすぎない?」
「……だろうね。難関校の過去問だし」
サラッとそう言われ、私は思いっきり頬を引っ張った。
「いっ!……」
「何で、いっつも意地悪するの!」
もう、帰る!家康の頬から手を離し、荷物をまとめようとした時だった。
グイッ。
突然腕を掴まれ、間近に迫る家康の顔。
「………ちょっとからかっただけ」
だから、帰るな。そう言われたのは、机を挟み、少しでも動いたら顔がぶつかりそうな距離。
ドキッ。
鼓動が大きく跳ねた気がして、声が上擦った。
「な、ならちゃんと……教えてよ!///」
慌てて視線を逸らし、鳴り出す心臓の音を誤魔化すように机に座り直す。
「……へぇ。……ちょっとは、脈あり」
「ん?脈?なんて?」
語尾が良く聞こえなくて聞き直すと、家康はもう一冊別のノートを出し私の頭に乗せる。
「………ひまりは、こっち。そっちは俺のだから」
「もう!なら、最初から出してよ!」
(あれ?このノート………私のだよね?ハート柄だし……)
失くしたと思ってたお気に入りのノート。でも中は家康の字で問題が書いてあるだけ。後は真っ白。とくに切り取られた様子もない。
「………買い物してたらたまたま、見つけただけ。失くしてバカみたいに騒いでたから」
ほんのり家康の目元が染まってるのを、見て……あることに辿りつく。
(もしかして買ってきてくれたの?)
私がこのノートじゃないと、勉強がはかどらないとか騒いでたから……?男の子なのにハート柄なんて、絶対買うだけでも恥ずかしいのに……。