第167章 はじまりの物語
俺はリビングで参考書を片手に、ひまりの苦手な歴史を中心に問題文を作り、ノートに書き込む。
トントンと、キッチンから包丁を軽快に叩く音を聞いてつい口元が緩みがちになるのが、自分でも解る。
「ねぇ〜?本当に冷蔵庫にある物、何でも使ってもいいの?」
「うん」
「なら、サラダも作ろうかな?」
鼻歌を口ずむひまり。一応年頃の俺達二人。男女が一つ屋根の下なんて、普通なら少しは意識してもいい筈。
(呑気に鼻歌を歌うとか……)
ひまりが俺への警戒心の無さは、幼馴染なんて長年やっているせい。
まぁ……。
ーー卒業前に姫に告白しようと思ってさ!
ーーやめとけ。幼馴染の徳川に何されるか解んねえぞ!
今は、良い虫除け対策にはなってるけど。高校にいったら、多分通用しなくなる。そんな気はしていた。
「出来たよ〜私特製オムカレー!サラダ付き!」
テーブルに料理を並べ出来栄えに満足したように、満面の笑顔を浮かべるひまり。
結んでいたゴムを解けば、サラリと腰元まで伸びた髪が揺れ落ち。大きな瞳。透き通った白い肌につい目線がいく。
裏で男に「姫」なんて呼ばれてるのも、納得。
(幼馴染ごっこも。今、限定)
満喫しとかないと。
「ちょっと家康!何でタバスコかけるの!」
「……辛いの好きだから」
「それは、知ってる!だからってサラダにまでかけなくても良いのに……」
「頭の活性に良いから、ひまりもかけたら?勉強前に効果あるかも」
俺がニヤリと笑えば、ふて腐れたように口を尖らせるひまり。
何時迄もこうしていたいと思う俺と、物足りないと思う俺が葛藤し合い……今はまだ、引き分け状態。
一歩踏み出すには、まだ時間が掛かりそう。