第3章 ときめく時〜家康side〜
第三章「ときめく時〜家康side〜」
ある日の夕暮れ。
「はぁ……」
午後の光が落ちかけ、茜色に染まった空の下、俺は花壇の上を走り回ろうとするワサビの尻尾を掴みながら、さっきの出来事を思い出し大きく息を吐いた。
それは数時間前に遡る。
三成と、秀吉さんのお節介から始まった弓術の稽古を、今日も変わらず厳しく指導していた。
最初は弓もまともに持ちかねていたが、その底知れない諦めの悪さのせいか、何とか形にはなってきた。
「………」
休憩中、ひまりはさっきからずっと女中が運んできた茶を飲みながら遠くをみるような目で外を見ている。
いつもなら煩いぐらいに、女中達と過ごす日常の話や、ワサビがまた花壇を荒らしていた話など、他愛のない話をしてくるはずが今日は妙に静かで落ち着かない。
(……さすがに、厳しくし過ぎたか)
「はぁ……」
「……やる気がないなら、無理にしなくていい」
ひまりの溜息を聞いて、思わずいつもより低い声が出た。別に責めているつもりはなかったが、ひまりにはそう聞こえたのか俺を見上げる瞳が不安げに揺れる。
「す、すいません!ちょっと、考え事をしていただけでっ……稽古が嫌とかそうゆうのではっ……」
今にも泣きそうな顔で必死に弁解するひまりを見て、俺は自分の言葉に後悔する。
(疲れているなら、無理せずに休めばいい……)
そう、素直に言えればこんな顔させなくて済んだのに。
「……なら、いいけど。腕…とか痛いならちゃんと言いなよ」
少しでもひまりが安心するように俺は言葉を選んだ。するとさっきまで泣きそうだったひまりの顔が、微かに和らいだかと思えば、今度は気まずそうに目線を下に移し俯く。
「……実はそのっ……昨日見てしまって……それがすごく……気になって……」
ひまりは歯切れが悪そうに言葉を濁しながら、ちらりと上目遣いで俺を見上げる。
(っ///!!)
その仕草の可愛さに、思わず視線を逸らす。
「……で、何を見たの?」
平然を必死に装いながら、いつもの口調で尋ねるとしぶしぶひまりは話はじめた。