第2章 ときめく時
「おいおい、家康。冗談はそれぐらいにしといてやれ」
「ま、政宗!?」
どこからともなく現れた政宗に私は驚いて声をあげる。
「久しぶりだな、ひまり。元気にしてたか?」
「はいっ!皆さん本当よくしてくれて!」
そう笑顔で返事をすると政宗は良かったな、と小さい子供をあやすみたいに私の頭を優しく撫でた。
「そういえば、さっき冗談って……」
「あぁ。……非常食なんてただの家康の冗談だから安心しろ。そもそも最初に、鹿を食おうとしたのはむしろ俺の方だからな」
「……その話はもういいです。それより、朝っぱから何か用事ですか?」
にやりと笑う政宗さんを横目に、家康さんは明らかに不機嫌そうな口調で尋ねる。
「相変わらず素っ気ない奴だなぁ……近くまで来たついでに、ひまりの様子を見に来ただけだ」
政宗はそう言って、今度は私の頭をぽん叩き口元に浮かべたのは軽い笑み。
「……ならもう用はありませんよね。それより…」
家康さんはそっと私の肩を掴むと、そのまま自分の方へと引き寄せた。
「い、家康さん!?」
「……ひまり。まだ掃除中なんじゃないの?」
「えっ…?…あっ!!」
すっかり忘れていた私は慌てて、廊下の隅に置かれたままの桶を拾い上げる。
「お先に失礼しますっ!」
二人に軽く頭を下げてから、私はその場を後にした。
それにはもう一つ理由があったから。
(は、初めて名前で呼ばれた)
さっきの会話を思い出し、咄嗟に熱くなった頬に手を添える。ただそれだけの事なのに、胸の鼓動がトクトク震えて……
徐々に歩くスピードが早まっている気がした。
「なるほど」
「その顔やめて下さい」
「いや、かなり珍しいもんが……まぁ、思ったより仲良くやってるみたいだな」
「……別にっ…仲良くしてるつもりありませんから…失礼します」
去る直前に一瞬見えた家康の目元。心なしか赤い気がした。
「(家康の天邪鬼は、まだ当分は治りそうにないか)」
見えなくなった二人の事を思い、政宗は庭を走り回る子鹿を見て、盛大なため息を吐いた。
この時の私はまだ知らない。
この鼓動の意味も……
この鼓動が少しずつ……
変化していく事を。