第165章 あなたにもう一度〜最終章〜後編
ひまりは俺の胸に顔を埋めた後、名残惜しそうにゆっくり顔を上げ……目を合わせた。
「もう、嘘は吐きません。今からは本当の事を言います」
あの時のようにその場で跪き、両手を組むと今度は目を伏せ息を大きく吐きながら、俺を見上げるひまり。
「前に、家康に迷う事なく全てを捧げました。私には背負うものなんて何一つなくて、失うものもなかったから。新しい家族や友達も、ずっと描いてた夢も、ここに……家康の側にちゃんとあったから」
「ひまり………」
名前を呼ぶと、大きな瞳は涙で揺れていて……まるで時に置いてかれたように溢れることなく止まっていた。
「でも、家康は違う。背負うものも、大きな野望も、時を経て伝わる歴史を持ってる」
今、ひまりの聞きたかった事……解ったよ。あの時、自分が織田家の姫としての後ろ盾がなかったら、何にもない自分でも……ここに居る「徳川家康」になっていたのか。
それとも、自分達が知っている「徳川家康」になっていたのか。
(きっと、俺は俺でも全然違ったんだ)
夢の世で俺は敢えて、佐助の部屋に置いてあった「徳川家康の伝記」と称された書物は開かなかった。
知る必要がない。
そう思ったからだ。
「だから……」
「ひまりっ……俺は!!」
何て言えば良いか解らないまま、気がつけば俺は声を張り上げていた。けれど、突然立ち上がり首を振るひまりに止められ、言葉を呑み込む。
「違うの……何か言って欲しいんじゃなくてっ……欲しいのっ」
ひまりの瞳に溜まっていた涙が、やっと時を刻み静かに流れる。
「今度は私に下さい」
これからの「徳川家康」を。
新しい「徳川家康」を。
「家康の全てをっ……私に下さいっ!」
グッと何かが込み上がり。
堪らず拳を作る。
(そんなの。とっくに、あげてるよ)
ひまりの後頭部を掴み、胸の中に押し付ける。優しくなんて、出来なくて。荒い手つきで強引に抱き締めた。
違う。
まだ、あげてない。
俺の全部、いつの間にか
奪われていただけで
まだ、ちゃんと貰ってもらってない。