第163章 あなたにもう一度〜最終章〜前編
四月一日。
時姫が三歳を迎える当日。
桜吹雪が格子窓から入り込み……ヒラヒラと淡い白色の花弁が、部屋の床に落ちる。
文机に置かれた一枚の文。
(う……嘘だろ)
家康へ
夕刻前に
佐助君と子供達を連れ、未来に帰ります。
ひまりより
俺の頭はただ、真っ白になった。暫く経つと、バタバタと御殿の中を駆け回り、ひまりの姿を探す。必死に昨日までの様子を思い出しながら、台所、書物部屋、庭先、裏口……
しかし、どこにも姿は無く。
「ひまり様なら、まだ日が上らない内から佐助様と何処かにお出掛けになられましたが……」
特に可笑しい様子もなかったと、女中頭は答えた。
絶望感が押し寄せる中、辛うじて動く頭で、最近の出来事を思い出す。
ーーいつまでも城を留守にするわけには行かないし、そろそろ戻らないとね。
ーーそれなら、時姫の三歳のお祝いをこっちでしてから戻るのはどうかな?きっと、桜が綺麗に咲いてる頃だし!
仕事のキリがつき何時迄も御殿で暮らすわけにも行かず、時姫の祝いをしてから城に戻る事をひと月前に話し合った。荷造りしながら普通に笑って。いつも通り、他愛のない話をして……昨夜だって肌を重ねた後、俺の腕の中でスヤスヤと眠っていた。
なのに何で?未来に帰る?
佐助と一緒に?
子供達を連れて?
そもそもどうやって?
疑問ばかりが浮かび。
理解出来なさ過ぎて、見覚えがなさ過ぎて……
暫く動く事も出来ずに硬直。
(どうして何時も突然、居なくなるんだ)
俺の前から忽然と姿を消した、ひまり。震えそうになる足を立たせ、御殿から飛び出した。