第162章 あなたにもう一度(8)後半
「次、ひまり姫。前へ」
俺はスッと立ち上がるひまりを、見守る。
(貴様なら大丈夫だ)
声に出せない代わりに心でそう念を送り、今は瞬きすら惜しい程だ。
「ひまりさん、包帯巻いてないですね。大した怪我では無かったという事でしょうか?」
「どんな怪我であっても、ひまりは言い訳になるような事はせぬ」
包帯など巻き万が一にでも負けたら、外野は怪我をしていたからだと少なからず情をかける。例え大怪我であっても、ひまりなら素知らぬ顔をして耐えるはすだ。
(いよいよか……)
その場で一礼し足踏みをしてひまりは正しい位置を作り、足元に腰を据え息を整えた。
ゆっくり弓構え手をかけると、背中から充分な気力が伝わり……弓を頭上に掲げ、両腕を引き上げながら弓を押し、弦を弾くと……極限の集中力を見せる。
周りもその美しい姿態に呼吸を溢し、誰もが惚れ惚れと食い入るように視線を向けた。
(先程より型が良くなっておる)
ふと視線を泳がせると、少し離れた場に一つの影。潜むように木に肩を預け、一心にひまりの横顔を見つめる家康の姿がそこに。
(少しは、見守る気になったようだな)
「……凄い気迫ですね」
佐助の呟きを聞き、再び視線を戻す。
微かに風が止んだその一瞬。
その一瞬を待っていたかのように、ひまりは自然に弦が手から離れたような手つきで的に向け、矢を放った。
「弓術勝者、ひまり姫!!」
拍手が鳴り響いた会場。