第19章 はぐれた心の先に…(10)
降り出した雨の音を聞きながら、文机に積み上がった資料に目を通した。
(……確かに、同盟を結ぶ相手として悪くはなさそうだ)
先日から調べていた、大名の報告資料を読み終わり、俺は静かに文机に戻す。
同盟を結ぶ条件が「正室」
前の俺なら悩むような事は無かっただろう。慎重に事を運びながら、自分に理があると確信すれば恐らく……
ただ見返したい一心で、
出世したい一心で、
私情にとらわれることなく同盟を結んでいたはず。
でも今は、違う。
俺は無意識に、自分の口元を手で覆う。
ーーんっ…いえ…やす。
(今の俺は……)
寝込みを襲うほど、ひまりが欲しくて堪らない。手が自然に自分の唇に向かって動いた時、突然「失礼します」と、襖越しに声が聞こえ俺はハッとして顔を上げる。
「……家康様、夕餉をお持ちしました」
その言葉に、俺は文机を横に退け立ち上がり襖を開ける。
「……後で食べるから、適当に置いといて」
女中は短い返事をすると、入口の近くに御膳を置く。
「築姫様が良ければご一緒したいと、如何致しましょう?」
「……仕事がまだ残ってるって、言っといて」
解りました、と言って女中は頭を下げ部屋の襖に手を掛ける。そして突然なにかを思い出したかのように、振り返りその場に膝まづいた。
「……この前は築姫様がいらっしゃって、申し上げる事が出来なかったのですが……」
女中はあの時と同じように、何かを決意をした表情で俺を見上げる。
「無礼を承知で申し上げます。家康様のご決断でしたら、私達は誠心誠意を持ってどんな事でも従います」
同盟の為に、築姫様を迎え入れるのであっても……
ただ、これだけは言わせて下さい。
「私は……いえ、この御殿に居る全員が家康様と同じくらい、ひまり様の事もお慕いしています」
女中はうっすら涙を浮かべ、微笑む。
「……お前」
ここまでひまりの存在は、
周りに大きな影響を与えていたのかと思ったら、それ以上何も言葉が出なかった。
「『家康っ!!家康はいるかっ!!』」
女中が部屋を出るのと同時に、玄関から俺の名前を呼ぶ、信長様の荒立てた声が聞こえ、嫌な予感がして部屋から飛び出す。