第16章 はぐれた心の先に…(7)
寝付けない夜。
俺は、月を眺めながら手に入れたばかりの西洋の酒を、ゆっくりと口に流し込む。
血のように赤い酒は喉に心地よい熱をもたらし、舌にほどよい渋みを与える。
(……上手いな)
口に運ぶ前に微かに感じる香りに……
昼間、声を殺して涙を流すひまりを思い出す。
家康とひまりが想い合っている事など、俺も含め三成以外の奴らは当の前から気づいていた。
ひまりが自分の気持ちに自覚したのは、不憫にも恐らくあの夜だったのだろう。
少なくとも家康は、以前から気づいていた。
だからこそ、あえてあの夜。
自分の想いも告げず、ひまりの想いも聞かないように突き放したのだろう。
(……俺には理解出来ないが、な)
「信長様」
襖越しに秀吉の声が聞こえ、
持っていた酒を一気に口に運ぶ。
「……入れ」
「失礼します……昼間、信長様のお姿がなかったので、急遽私が取り次いだのですが、家康が築姫と挨拶に来ておりました」
「……知っておる。昼間二人で歩いておる姿を、ひまりと見たからな」
「ひまりと、ですかっ!?」
「……あの馬鹿が、事前に知らせないのが悪い」
どうせあの猫撫で声の姫が、挨拶が終えてからでないと帰らんとか、阿保な事を言い出したのだろうが……
(そもそも爪が甘かった、あいつが悪い)
俺は肘掛に寄りかかり、話を本題に移す。
「それよりも、だ……光秀から何か連絡は入ったか?」
「はい。やはり信長様の読み通り、あそこの大名は自分の娘達を使い、同盟を結ばせ財力をあげている様子……」
「家康の情報源はどこだ?」
「恐らく、今回も顕如が関わっているのでは、と思われます」
失態をした事で、出世に焦る家康の情報を流し、以前から熱を上げていた娘を使わせ同盟を結ばす。そしてその娘に内偵でもさせ、俺の寝首でも掻くつもりか……あのくそ坊主が、考えそうな手だ。