第15章 はぐれた心の先に…(6)
庭で走り回る、子供達の小さな背中を見ながら私はふと、ワサビの事を思い出す。
林檎の籠を持った私に走り寄って、尻尾振りながら食べる姿が今は遠い昔のように懐かしい。
最初は家康が非常食なんて言うから真に受けて、驚いたけど……
戦の時に怪我をしていた子鹿を、家康が連れて帰って面倒を見ている事を、後から政宗に聞いて……
あの時に、
(家康の優しさを知った……)
戦で助けたワサビが今度は家康を守ってくれるように。そう思って、思わずお守りの形をワサビにしたけど……
「……きっと、大の男に贈るようなものじゃないって、怒ってるだろうなぁ」
「……誰がだ?」
「信長様っ!」
独り言のように呟いたつもりが、いつの間にか背後居た信長様に聞かれ、私は慌てて立ち上がる。
ただの独り言なんで気にしないで下さいっ!
と、手をパタパタして慌てる私に信長様は訝しげに目を細めながらも首だけ横に動かして、庭先の子供達に向けた。
「……針子の子供か」
「はい。針子の皆、とても信長様に感謝していました」
本来ならお城に連れて来るなんて、普通ならあり得ない事。だけど、戦で父親を亡くした子供は信長様の計らいで、仕事の時はお城で待つ事を許してくれたって。
「……俺は何もしておらん。ただ、静かな城より、多少賑やかな方が良いと思っただけだ」
信長様はそう言って、何かを思い出すかのように眩しそうに子供達の姿を目で追う。
その姿に何故か不思議な気持ちになり、私も同じように視線を向ける。
信長様の優しさは一見、見つけにくい。
自分は自分の好きなようにしているだけ、周りから見たらそんな風にしか見えないかもしれない。
でも……
「……信長様の優しさは、家康の優しさに少し似ています」
「何の戯れごとを言っている。そもそも家康も俺も優しさなどない」
私はその言葉に首を振る。
「確かに分かりずらいですけど……」
あの日、血だらけで飛び込んで来た兵士の言葉が蘇る。
ーー怪我を負った私を、足手まといだと言いながら、家康様は背中で庇い逃してくれましたっ!
助けを呼びに行かせる為とはいえ、自分を盾にして家臣を逃した、家康。
「賑やかな方が良いと思っただけだ」
こうやって、子供達に場所を与えてくれる、信長様。