第14章 はぐれた心の先に…(5)
「……ひまり様はそう言って、安土城へと帰って行かれました」
話を聞き終わると同時に、
俺は小さな包みを開ける。
中から出てきたのは……
器用に形どられた小さなワサビの人形。
「この柄、俺が贈った反物と同じ……ったく、何作ってくれてんの」
多分余ったハギレで作ったんだろうけど……
「大の男に人形って……」
ほんと、馬鹿。
「……家康様。不躾だと承知で申し上げたい事が……『家康様〜〜』」
女中が何かを決心して顔を上げた時、近くの廊下から聞こえた声に、俺は慌てて近くの柱に身を隠す。
「あれ?今、こちらから確かに家康様のお声が……」
「築姫様、家康様は本日もお疲れのご様子で、もう部屋で休まれております」
「……残念だけど仕方ないわね。来た初日にお会いした以来、もう3日も経つというのに」
咄嗟に嘘を付いてくれた女中。
俺は話し声を聞きながら感謝する。
「そう言えば、昼間来ていた方はどなた?家康様の事、馴れ馴れしく呼び捨てしてたみたいだけど」
「そ、それはっ………」
「……あの女は、少し前までこの御殿で針子をしていた者だ。今日は前に頼んであった、俺の羽織を届けに来てただけ……」
ひまりの存在を知られたくなくて、
咄嗟に柱から姿を出す。
俺は目で女中に下がるように合図を送る。すると女中は申し訳なそうに一礼してその場から出て行った。
「家康様〜まだ、お休みじゃなかったんですね〜〜」
「寝付けないから、夜風に当たってただけ……もう、休む」
女中と話していた声とは打って変わった猫撫で声が耳に届く。俺はその声に吐き気を感じながらも、適当にその場しのぎの会話だけして部屋に戻った。
部屋に戻ると、
もう一度、手の中の人形を眺める。
そして
「……ひまり」
俺は静かに、
愛しい名前を呼んだ。