第14章 はぐれた心の先に…(5)
仕事を終え、自宅に着いた俺はそのまま玄関の前を素通りする。人目を惜しむように一番人通りが少ない裏口まで回ると、そこから家の中に入った。
(裏口から入るなんて、あの時以来だ……)
ひまりが御殿に来て間もない頃。
玄関で帰り待つひまりを避けて、俺は裏口から出入りしていた。
今思えば、ほんと贅沢な悩みだ。
あれからまだそれ程経っていない…にもかかわらず何故か遠い昔のようにも思える。
「家康様お帰りなさいませ」
「……お前には読まれてた、みたいだな」
三つ指立て膝まづく女中の姿を見て、俺は自分の行動が浅はかだったと気づく。
さすが、この御殿で一番長く勤めているだけある、と俺が言うと女中は少し前にもこんな事がありましたから、と言って笑った。
「……それに、今日はどうしてもお渡ししたい物がありましたので」
女中はそう言って、見覚えのある羽織と可愛らしい包みを差し出す。
(この羽織……)
「まさかっ、ひまりが!」
「……ひまり様は家康様がご留守だと存じた上で、昼間ここに来られました」
女中はその時の事を、順を追いながら話始める。
ーーひまり様っ!
ーー突然ごめんなさい。家康が今日留守だと聞いて……お借りしていた羽織を返しにきました。
ひまり様はそう言って、私に羽織を差し出すと申し訳なさそうな表情で……
ーー皆さんには、本当に良くして頂いたのに、ご挨拶もしないまま戻ってしまって、本当にすいませんでした
一番辛い思いをされたはずなのに、ひまり様は何度も私に頭を下げて下さいました。
私がそれを受け取ると、ひまり様は少し悩んだように俯かれた後……
ーー……これも、一緒にお願い出来ますか?
そう言って、懐から可愛らしい包みを私の手の上に乗せ、はにかんだ笑顔で
ーー武運をお祈りしたお守りです。少し子供っぽくて家康に怒られるかもしれませんが……。
心から戦の無事を願ってます。