第92章 あなたにもう一度(8)
俺は文に書いてあった通りに、目線を竹千代に合わせた後、肩を引き寄せ小さな身体を包み込む。すると震えが少し収まり、鼻水を啜り上げる音が届く。
「……文には、お前の五歳になる祝いに贈り物をしたいから、少し遠くまで出掛けてくると書いてある」
「……お、くりもの?」
「あぁ。だから、泣かないで笑顔で楽しみに待っていて欲しい、と」
それを聞いた途端。急に泣くのを止め、竹千代は目元を擦ると少しだけ表情が明るくなった。
(ここまで考えて……出て行ったのか……)
ひまりの母親としての愛の大きさに、俺は込み上がるものを抑え……文を渡す時に何か他に言っていたかを尋ねると、竹千代は思い出すように首をひねった。
「何故か母上に、父上とどんな約束をしたのかと聞かれた」
(え………)
「しかし、内緒だと申したら……母上も何故その話を知っているのかは、内緒だと申して!……少し、悲しそうに笑っておった」
(まさか……あの時、庭に……)
政宗さんは動揺するひまりを、一旦外に出したと言っていた。
しかしあの時、確かに庭にひまりの姿はなかった。もし何処かに居て、聞いていたとしたら?その後、更にあの団子屋の娘の話を聞いて……。
ーーその話をする前は、自分なんか天女ノ局様の足元にも及ばないと……唇を噛み締めておりました。
(これで全て話が繋がった……)
ーー放っておいて!今は、一人で居たいのっ!!今は家康と一緒に居たくないのっ!!
あそこまでひまりを、追い詰めた理由が。
(……く、そっ)
俺は自分の髪をぐしゃっと握ると、文を仕舞い家臣に馬と旅路の準備を伝える。