第92章 あなたにもう一度(8)
「家康様っ!!」
城に着き門を潜ると、女中頭が時姫を抱き今にも泣きそうな顔で走ってくる。その姿を見て……一番想像したくない事が頭の中に掠めた。
「……ひまり様が、ひまり様が今朝出て行ったきりっ!!まだ、戻っていません!」
女中頭は切羽詰まった様子。
声を張り上げ、時姫を強く胸に抱く。
「実は昨晩、ひまり様にあの時の話をしてしまい……」
話を一通り聞き、俺は急いで部屋に向かう。
「竹千代!!」
「ち、ちうえっ……ひっ……くっ……」
教育係の天女にあやされながら、部屋の隅で小さな肩を震わせ、泣いて居る息子の元に駆け寄った。
「文を、文を見せてくれっ!」
小さな手にぎゅっと握られた文が、震えながら差し出され俺は急いで読み上げる。
「母上がっ……っ、ぜった、いに父上しか……渡してはな、らぬ……と」
竹千代は縋り付き、約束したからと声を震わせ必死に俺に伝えた。母親が戻らないと聞き不安になったのだろう、瞳からポロポロと涙を流し小さな肩が小刻みに上下に揺れる。