第89章 あなたにもう一度(5)
「さっき庭で、噂の竹千代様の教育係見かけたが、ひまり様に引けを取らないぐらい美人だったぞ!」
「その内、側室にしてくれって家康様に言い寄ったりしてな?」
「滅多な事を言うな。まぁ、でも前にも団子屋の娘が夜分に押しかけて言い寄ってたみたいだし……女でも時には大胆な事するからな」
(え……団子屋の娘って、ひまりちゃんの事だよね……?)
私は思わず女中頭さんを見る。
すると唇を噛み締め、気まずそうに俯いていて……。嫌な予感が走った。
「……今の話、本当……で、すか?」
声が震えるのが自分でも解る。
「家康はっ、家康は……何にも、そんな話…す、こしも……お願いです!教えて下さい!」
私は俯く女中頭さんの肩に、縋り付く。
「……この話はずっと私の胸に収めて置くつもりでした」
女中頭さんはとても辛そうな表情で重い口を開くよう、そう言った後……話を始めた。
「あれはひまり様が戻られる、前日の事でした……」
私は何も言えなかった。
知るには少し月日が経ち過ぎていて……涙を堪えるので精一杯だった。
女中頭さんは私の手を取り、何度も謝ると……手を握りしめて涙を浮かべる。
「でも、家康様を信じて下さい!すぐ家臣に送り届けさせておりましたし、ひまり様が心配しているような事は決してございませんでした!」
私が保証いたします。
「きっと身重のひまり様に、不安な思いをさせたくなくて……お話にならなかっただけです!」
今の私には、その言葉は空気よりも軽い物にしか聞こえなくて……。
(……ちゃんと、信じてるよ。でも、でもね……)
ただ、どうしていつも家康の口から聞けないんだろう。
何にも無いなら尚更、ちゃんと話して欲しかった。
不安にさせたくなかった?
でもね、家康。
何も話してくれないと……
余計に
不安になる時もあるんだよ?
また、一つ増える……
それだけが
ただ
不安を募らせていく。