第89章 あなたにもう一度(5)
夕刻を迎える頃___
城に人が次々と集まり出し、私は急いで着替えを済ます。
(はぁ……やっぱり瞼赤くなってる)
鏡の中の自分を見て、思わず肩を落とす。今夜はきっと、初めて会う人も沢山居るはず……。家康の奥さんとして、しっかりご挨拶しないといけないのに……天女さんの綺麗な姿が頭に浮かび、ますます自信を失くす。
(とりあえずメイクで誤魔化さないと)
私は白粉や紅を鏡台の上に並べ、普段おろしている髪を少しでも大人っぽく見えるように、結い上げる。いつもより念入りにお化粧して、瞼の腫れを隠す。そして最後に滅多に付けない赤い紅をさす。
それでもまだ浮かない表情をした自分の顔。気合いが入るように軽く叩き、立ち上がると黄色の羽織に袖を通した。
(……これだと、子供っぽいかな)
鏡の中の自分の姿が、不安げに映るのを見て私はある部屋へと向かう。
「ひまり様、こちらの羽織は如何ですか?」
私は進めてくれた羽織を受け取り、袖を通すと鏡の前に移動する。
「……綺麗な色。これにします!」
淡い寒色系の羽織は、冬が近づいた今の時期にとても合っていて……鏡の中の私の雰囲気を少しだけ変えてくれる。
「今夜のひまり様は、一段とお美しいですね。家康様もきっと驚かれますよ」
そう言って優しい笑みを浮かべてくれるのは、御殿の時からお世話になっている女中頭さん。
祝言の時から私に仕えてくれるようになって、身の回りの事や私が忙しい時には代わりに子供達の面倒を見てくれている。
「……私なんか全然。天女さんの方がずっとお綺麗だから……」
「ひまり様……」
私がそう呟くと、女中頭さんも噂を知っていて察してくれたのか、しばらく考え込むように俯いた後、ぎゅっと手を握り顔を上げた。
「私が家康様に正式お仕えしたのは、独立なさった直後なので……当時の事は解りません。しかし……」
家康様はいつもひまり様の事を、一番に考えていますよ。
女中頭さんはそう言って、私の手を握る。
すると突然襖の向こうから、誰かの話し声が聞こえ思わず耳をすました。