第2章 ときめく時
第ニ章「ときめく時」
じゃぶじゃぶ。
(……ふぅ。こっちは何とか全部磨き終わったかな?)
桶の中でぎゅっと雑巾を絞り、ピカピカに光る廊下を見下ろし、額にうっすら浮かんだ汗を手の甲で拭う。とりあえず始めてみた廊下掃除。数をこなすうちにだんだんと板についてきた。
(これぐらいの事しか私には出来ないけど……何もしないよりはいいよね)
最初は女中さん達に……
ーー織田家ゆかりの姫様にお手伝いをお願いするなんて出来ませぬ!!」
って、大反対されちゃったけど。
何もせずただ、お世話になるだけは心苦しいのと、少しでも家康さんのお役に立ちたいと頭を下げ必死にお願いした所、何とか身の回りのお手伝いをする事を承諾してくれた。
ーー……あんたと、馴れ合うつもりないから。
ここに来てすぐの頃、突き放すように言われた言葉はまだ胸に刺さったまま、だけど……
ーー……その女に触れるな。
数日前の降りしきる雨の中。私を庇うように立ち塞がった家康さんの背中は、ずぶ濡れで……大きかった。それは、今でも鮮明に頭の中には残っている。
勝手に逃げ出して、襲われて。
なのに家康さんは探してくれた。
例え仕事だったとしても、刀を振り私を守ってくれた。
これ以上迷惑はかけたくない。
逃げないと決めたのは自分自身。
だから少しでも家康さんと打ち解けたい。その一心で色々試してはいるんだけど……
(挨拶しても相変わらず素っ気ないし、話し掛けたくてもずっと避けられてるみたい)
口から出たため息。
相変わらず心の距離は開いたまま。
弱気になりかけた私は顔を横にぶんぶん振り、気合を入れ直すと、手に持っていた雑巾を握り立ち上がる。
(……あれ?今のって……家康さんだよね?)
反対側の廊下に向かう途中、ふと庭先に見覚えのある薄黄色の着物が目に入った。私はそっと手に持っていた桶を置き、音を立てないようにその人影に近づく。