第1章 はじまりの時
頬の力が緩む。
「ふふっ」
当時の自分の心境を思い出し、つい笑みが零れた。
「……ひまり、顔にやけすぎ」
「っ///!!」
いつの間にか針仕事の手を止め、思い出にふけっていた私はその声に慌てて反応する。
「そ、そんなに!にやけてたっ!?」
「……うん、かなりね。……で、一体何考えてたの?」
「そ、それはっ……えっと…」
本人を目の前に、まさかあなたの事を考えてましたなんて……そんな恥ずかしい事、口が裂けても言えない。
「ふーん。俺には言えないような事考えてたんだ?」
「ち、ちがっ…!!」
慌てて否定する私の顎をすらりとした指先が捉える。瞳に映るのは、意地悪そうな目つきで笑みを浮かべた家康の顔。その心をかき乱すほど整った顔に私の鼓動が大きく跳ねる。
「い、……えや…こと///」
「……え?」
「……っ///だからっ、家康の事考えてたのっ!」
これ以上視線が注がれる事に耐えきれなくなった私が、半ば投げやりな感じでそう答えた瞬間。ふわりと影が落ち気付いた時にはもう、私は家康の腕の中に居た。
「はぁ……。もう、ほんと無理。ひまりには全然勝てる気がしない」
頭上から少し呆れたようなため息が聞こえてきて、さっきより鼓動が早くなるのが解る。ゆっくりと顔をあげれば、吸い込まれそうなほど綺麗な翠色の瞳とぶつかった視線。
「……ほんと、可愛すぎ」
「っ////!?」
蕩けてしまいそうな熱を帯びた瞳。囁かれた極上の甘い声。私の身体が一気に熱を上げる。胸の鼓動がどうにかなってしまいそうな程大きく跳ね……
思わず胸元に顔を埋めた。
「勝てる気がしないのは、私の方だよ?」
だって頭の中は、家康でいっぱいだから。
消えてしまいそうなぐらい小さい声でそう呟いた瞬間、突然顎を持ち上げられ、柔かい感触に口が奪われる。徐々に深くなる口付けに、もう何も考えることが出来なくなった。
もし、あの時の私に何か1つ伝える事が出来るなら。
その捻くれ者は、実は誰よりも強くて。
真っ直ぐで。優しくて。
私をこんなにも幸せにしてくれる人、なんだよ。
だから……早く気づいて。
お互いの熱で溶けそうになりながら、私はそう強く願わずにはいられなかった。