第87章 あなたにもう一度(3)
ーー彼女はこの時代の勉強が苦手だったようで、しきたりなどは余り知らないかと……。
前に佐助はそんな事を言っていた。
察してくれてるならまだしも、全く知らないとなると……。
「はあ……」
「……如何かされました?こんな夜分に」
盛大なため息を吐いた瞬間だった。
声が聞こえその方向に視線を向ける。すると月明かりが女の姿を映し出し、誰なのかが解ると俺は再び視線を元に戻す。
「……あんた、何で志願したの?」
俺は率直に疑問をぶつける。
「ふふっ……どうしてもお会いしたい方が居たから。それが理由では、いけませんか?」
(話にならない)
俺は部屋に戻ろうと立ち上がる。
「私が言える理由はただ一つ。あの三ヶ月の間に……あなた様が愛したのは、一体誰でした?」
「は……?」
「ふふっ……では、おやすみなさい」
女は羽織を衣のようにヒラヒラと、風になびかせ足音一つ立てず去っていく。
その姿はまるで地に足がついていないような、錯覚を起こさせた。
(三ヶ月の間に……俺が愛した?)
《ズキッ!!》
「……っ!!』
突然頭の中が何かに殴られたように、重い痛みが走る。
「志願した女は、家康様の元服前の三ヶ月間……教育係を務めた、そのような事を申しておりまして……」
最初はそんな女に竹千代に預けるのを躊躇した。
しかし、たっての希望だと言われ若い女を付けるよりも、年増の女の方がひまりも安心するのではと思い、了承した。
(確かに言われれば、あの女だった気もする。けど、愛した覚えなんて……)
俺は、一度もない。
あの頃の俺は見返したい一心で、女なんてどうでも良かった。だから、あの三ヶ月間の記憶なんてないに等しいぐらいだ。
(そもそも暗闇の中、相手の顔なんて……)
「過去」が
すぐ近くまで忍び寄る。