第86章 あなたにもう一度(2)
「……父上はね、小さい頃から私や竹千代が想像も出来ないぐらい、沢山辛い想いや、我慢をしてきたの」
だから、誰よりも強くて立派な人になったんだよ。
「……でもね、だからって竹千代に同じ想いをさせようなんて、少しも思ってないよ」
家康にとってもそれは、苦渋の決断だった……。
私を抱き締める腕からは嫌と言う程、それが伝わって……何も言えなくて……全部飲み込んで頷く事しか出来なかった。
私はまだ自分より小さい身体を、包み込むように抱き締める。
「……我慢出来ない時は、いつでも会いに来てね。一緒に叱られたら何も怖くない……でしょ?」
私は人差し指で鼻先にチョンと触れる。すると竹千代は表情が戻り元気に頷いた後、笑った。
(この小さい背中が、きっと平和な未来に繋がる……)
それが解っているからこそ、我儘なんて母親の私が言う訳にはいかない。
五歳という年は、私にとっても辛い年齢だからこそ……。
ーーひまり
微かに記憶に残る笑顔を思い出し、私は竹千代に向けて微笑んだ。
「さぁ〜てと、……今日は何して遊ぼうか?」
少しでも笑顔で溢れる日が、沢山作れるように二人の手を握り部屋から出る。
「いちについて〜……」
「よ〜〜い……」
「ど、ん!!」
一斉に駆け出す。
廊下を走る私達を見て、城の皆んなはポカンと口を開けた後、笑い出す。
後でみっちりと家康に叱られるのも、今しか出来ない貴重な体験だなと思いながら……
「……怪我したらどうすんの?」
一枚の座布団に三人で座り、落ちる優しい雷を私達は受け止めていた。