第79章 〜結婚前夜〜信長様視点
そして結婚式の前夜___
天守で相変わらず眠れぬ夜を過ごして居た俺の元に、ひまりが訪れてきた。
「……こんな夜遅くに男の寝床に訪れるとは……家康がまた妬くぞ?」
昼間に広間であった事を俺は思い出し、盃に酒を注ぎながらひまりの反応を楽しむように口の端を上げる。
あの痴話喧嘩の後、忽然と広間から姿を消した二人。
恐らく家康に部屋にでも連れ込まれ、甘い仕置でもされたのだろう。
ひまりの白い頸には、真新しい赤い跡の花が散らされていた。
ひまりは俺の言葉に、一瞬苦笑いを浮かべると……
「……娘が父親に会いに来るのはいけないことですか?」
「ふっ、俺に聞いてどうする?……それは家康に聞け」
そう言い、一気に酒を口の中に運ぶ。
するとひまりは立ち上がりわすぐ側まで来ると手に握っていた物を俺の前に差し出した。
「……何かの守りか?」
深い翠色の布で形どられた四角い物を見て、俺が問うとひまりは静かに頷く。
「家康に仕立てた、羽織のハギレで作りました」
武運のお守りです。
「……私はこんなにも良くして頂いたのに、何もお返しが出来ないままお嫁に行きます」
ひまりは切なげに睫毛を伏せ……
だから、せめて……
「家康と信長様の絆が武運に繋がるように、想いを込めて作りました」
受け取って下さい、と頭を下げるひまり。俺は持っていた酒を床の上に置き、それを受け取ると裏表をじっくり見る。
(……よく出来てる。針子の腕はやはり確かなようだな)
守りの丁寧な縫い目や繊細な作りは、その事を証明していた。