第79章 〜結婚前夜〜信長様視点
「信長様の武運を心から願っております」
月明かりが真っ直ぐに俺を見上げるひまりを照らす。その姿に一瞬で心を奪われそうになり、俺は思わず手を伸ばし頬に触れる……。
「信長様……?」
ひまりに名を呼ばれ、自分の行動にハッとして手を後ろへと引く。
「…………もう、寝ろ」
どうせ朝早く迎えにくるのであろ?と、俺が言うとひまりは短い返事をして、襖の前で一礼してから部屋を出て行った。
俺は徐々に遠くなる足音を聞きながら、まだ微かにぬくもりが残る手を開き、ギュッと握り潰す。
(……気づくのが少し遅かったか)
「……俺のものになれ」
ひまりを正式な織田家の姫にする為の言葉だったはずが、その言葉の裏に潜んでいた本当の気持ちに気付かないふりをしたのは間違いなく、俺自身だ。
(嫌、違うな……気付くのが遅かったのではなく)
認めるのが遅かっただけだ。
俺は酒を持ったまま、ふらっと立ち上がり柱に背を預け月を見上げた。
〜結婚前夜〜(完)