第11章 はぐれた心の先に…(2)
「今夜、信長様の元に返す」
何で急にそんな事、言うの?
数刻前の出来事がまるで無かったみたいに、
冷たい口調で家康は言葉を続ける。
「浪人の黒幕が解った。もう、ひまりを預かる理由はない」
だから戻す。はっきりとした家康の声が、迷いのない真っ直ぐな瞳が、私の胸を容赦無く突き刺す。
理由は解る……
けど、どうして今言うの。
さっきまでの、優しい声は?
さっき、私を抱きしめたのは?
全部何も無かった事にするの?
御殿で一緒に過ごした日々も何もかも……
やっと気づいた想いを、伝える前に全部全部……
「……あと、多分黙っててもいずれ解るだろうから今、話しとく。近々、俺はとある大名の娘と婚姻を結ぶ。だから……」
もう御殿に来なくていい。
家康の気持ちが涙で見えなくなる。
家康の表情がボヤけて、全部解らなくなる。
「……話は済んだか?」
背後から信長様の声がして……
それと同時に家康は、掴んでいた私の腕を解く。
けど、今の私には振り返る事も、如何してここにいるのかも聞けなくて。
「……はい。後で女中にひまりの荷物を届けさせます」
「こんな時にもお前は冷静だな。いや、こんな時…だからこそ、か……」
ただ二人の声を何処か遠くで、聞いているようだった。
頭の中で必死に願う。
きっと何か他に理由があるんだよね?
明日になったらただの気まぐれだったって、いつもみたいにただの冗談だって……
そっぽ向きながらでも、素っ気なくてもいいから
言って。
私は肩にかけられた羽織を握りしめる。
微かに香る家康の匂いに、顔を埋めた……