第75章 約束の地へ 最終章 後編
「……必ず、ひまりを幸せにします」
俺は信長様からひまりの手を受け取り、その場に膝まずく。
一歩ずつ近づいてくるひまりの姿を見ながら、俺は今までの事を思い出していた。
ひまりと出逢った日。
一緒に御殿で暮らした日々。
自分の心に少しずつ変化が現れ、ふわりと笑う笑顔に
柔らかい声に、一生懸命な姿に、どうしよもなく俺は惹かれていった。
ひまりに触れれば触れる程……俺は欲に溺れひまりの想いを知れば知る程……俺の想いは溢れた。
絶望、嫉妬。不安、苦しみ、悲しみ。捨てたはずの感情が戻り……喜び、感動。驚き、安心、愛おしさを、ひまりが教えてくれた。
失う怖さも……手にする幸せも……全部ひまりの側にあった。
ーーあんな、お荷物いりません。
ひまりを御殿に預かる時、俺は信長様に確かにそう言った。
ーー……俺の命は絶対だ。それにあの女、ただのお荷物とは限らん。
俺にとっても、お前にとってもな。
まるで運命だったかのように、その言葉が今なら身に染みて解る。
「家康……」
美しく着飾ったひまりの姿に、全てを奪われそうになりながら、俺は手を握ったまま、空いた方の手で懐から櫛を取り出す。
煩いぐらい高鳴る鼓動を鎮める為、
大きく息を吸い、吐き、ひまりを見つめる。
「……ずっと渡しそびれてた」
俺はひまりの手のひらに、それを乗せる。
「これって櫛?……耳飾りと同じ細工……凄く綺麗」
「職人に頼んで作って貰った。ひまりにどうしても贈りたくて……」
櫛は婚礼を申し込むときに本来は渡す物だと、ひまりに話す。
「だから、もう一度言わせて欲しい」
「家康……」
俺は膝まずいたまま、ひまりを見上げ櫛を乗せた方の手を握る。