第72章 約束の地へ 後日談(10)
家康が迎えに来る前日___
城の中では、慌ただしさが半端ないほど伝わるぐらい皆んなが走り回っていた。
「な、何ですかっ!この凄い荷物は……」
広間に所狭しと置かれた、四角い箱や家具の数を見て私は声をあげる。
「何をそんなに驚いておる。全て貴様の嫁入り道具ではないか」
「えっ!!!」
信長様にそう言われ、もう一度山積みに積み上がった荷物を見て、私は思わず腰を抜かしそうになる。
確かにこの中には私が選んだ、化粧箱や鏡台、寝具、衣類が置かれていたけどそれは本当にごく僅かで……
後の大半の荷物は、見覚えのない物ばかりだった。
「……遠慮などつまらん事をするのが悪い。後から商人をもう一度呼び寄せ、足りない物を適当に見繕っておいた、感謝しろ」
(足りない物って……あれだけでも充分過ぎるぐらいなのに)
いくら織田家の姫と言っても、私は実の娘でもなく、本来ならこの時代の人間でもない。
(信長様にとってはただの赤の他人でしかないのに……)
こんなに尽くして貰ったご恩をどう返せばいいのかが解らなくて、しばらく固まっていると……。
「ひまり」
信長様は脇息に寄りかかったまま、
私に向かって手招きをする。
「……貴様は自分の生まれ育った世を捨て、この織田家と徳川家の絆を深める存在となった」
何も気にすることはない。
「信長様……」
目の前に座る私の頭に、信長様の手が優しく触れる。
その大きくて力強い手に私は、何度も支えて貰った。
家康に突き放されたあの夜も、築姫の姿を見て泣き崩れた時も、自分の想いを伝えたいと我儘を言った時も……信長様がいつも私を支えてくれた。
「うっ……っ、く」
「……いつも俺の前だと、泣いておるな」
「ご……め、んなさい……っく、ありが、……とうござい…ま、す」
「……ふっ。謝るのか礼を言うのかどちらかにしろ」
手のかかる奴だ。
涙で滲んだ視界に、信長様の優しく微笑む姿が映った気がして、余計に涙が溢れた。