第71章 約束の地へ 後日談(9)
「お迎え待っている間に、家康の羽織仕立てておくね」
呉服屋で必要なものを選んだ後、ひまりは深緑の反物を抱え微笑み、夕焼けで赤く染まった自分の影に視線を落とした。
切なげに睫毛を伏せるひまりに、俺は繋いだ手に力を入れる。
「仕事で城には行くから、全く会えない訳じゃない」
隙みて、会いに行くから。
俺がそう言うと、ひまりは顔を上げパッと表情が明るくなる。
(……ほんと、単純)
だからつい、甘やかしたくなる。
コロコロ表情を変えるひまりを見て、自然に顔が緩む。
「あのね……さっき呉服屋さんに行って思い出したんだけど……一つだけ家康に謝らないと、いけないことがあるの」
ひまりはそう言って、今度は申し訳なさそうに眉を下げると、そっと俺の腕に寄りかかる。何の話かと思って立ち止まると、以前に俺があげた反物で仕立てた着物を来世に置いて来たこと。それをひまりは詫びた。
「武運のお守りは、あの着物のハギレで作ったのに……」
ごめんなさい。項垂れるように頭を下げるひまり。
(……また、そうやって)
俺は繋いでた手を引っ張り、近くにあるひと気のない河原へと移動する。
「家康……?」
河原に下りると、赤く染まった日の光が川に反射して、さらさらと音をたて流れていく……俺は不安そうに見上げるひまりを腕の中に閉じ込め、そっと頭を自分の肩に引き寄せた。
「……あんまり、可愛いこと言うとこのまま攫うよ。それにお守りが平和なひまりの来世に繋がってるなら……」
俺の武運の御利益
凄くありそうだし。
俺の言葉を聞いて、ハッとしたように顔を上げるひまり。
「……うんっ!」
(やっぱり……このまま攫っていこうか)
そんな事を真剣に考えながら、目を閉じるひまりに誘われるように、俺は口付けを落とした。
祝言まで残り一週間……
ちゃんと大人しくしててよ。