第9章 近づく距離〜家康side〜
第九章「近づく距離〜家康side〜」
「……自分でやるって聞こえなかった?」
「お医者さんが無理は禁物だってっ……!」
ひまりは、そう言うと空いた手で匙を持ち、俺の口元の高さまで持ち上げる。
「なら、後で女中にさせるからいい」
一向に世話を焼くことを諦めないひまりに、俺は布団を掴むと背中を向けるように寝転ぶ。
すると、背後から微かに器を置く音が聞こえた。
(……さすがにまだ、歩けそうにないか)
前より身体は動くようになったとはいえ、身体の痛みは一向に取れず、まだ当分の間は布団から出れそうにない。
(……匙一つまともに持てないし)
情けない自分に腹がたつ。目を瞑ると嫌でも蘇る、奴らになぶられた時の事……。あんな奴らにいい様にされてこの上ない屈辱に気がおかしくなりそうだった。
(……弱い自分が一番、許せない)
なのにひまりは、俺の事を誰よりも強いと言った。
俺の過去をただ静かに聞いて、それでもなお、自分が知る中で一番強い人だと……
(その上、まだ俺なんかのために、つきっきりで看病して、目にクマなんか作ってるし)
俺は少しだけ体を傾けると、目線をひまりに向ける。
「……そんな顔、させたいわけじゃない」
唇を噛み締め俯くひまりを見て、俺は思わず体を起こした。
「……ただ、あんた、ずっと俺にかまけて、まともに寝てないだろうし」
「ちゃんと夜は寝てるよっ」
「……俺と話しても、つまらないだけだし」
秀吉さんみたいに、気の利いた話なんて俺には出来ない。
「沢山話せて、嬉しいよっ」
「……つきっきりで看病なんかしても、何の得にもならない」
「私がしたいから、してるだけだよっ」
「……っ」
迷いなく素直に答えるひまりに、俺は息が詰まり何かが込み上がるのを、必死に抑える。
どんな顔をしているのか自分でも解らず、思わず手で顔を隠し、息を吐く。
「ごめんなさい…」
ひまりの声が震えているのが解る。
(……何、謝ってんの)
そんな顔させてる、俺に…
「せめてもう少し回復するまでの間はっ…!」
何かを決心した真っ直ぐなひまりの瞳に、俺が映る。