第55章 約束の地へ(10)※R15
自宅に戻ると、女中が慌てた様子で玄関を出迎える。
「おかえりなさいませ。あのっ!先ほどひまりさんという方が、家康様を尋ねて来まして……」
「……もしかして、団子屋の?」
俺の言葉に女中は頷くと、雨の中でずっと待っているのを見かねて、部屋に通した事を説明した。
「勝手な事をして、申し訳ありません。どうしても今日、家康様に伝えたいことがあると申されまして……」
(一体何の話だ?)
まったく見当がつかない俺は、とりあえず部屋に向かう。襖を開けると、女はそれに気づき頭を下げた。
「……何の用?」
俺は文机の前に腰を下ろすと、俯いたままの女に尋ねる。
「あ、あのっ!家康さんが徳川家康さんだとは知らなくてっ……父に後からそのことを聞いて、その……」
話の意図が掴めない俺は、だから何?と聞くと女は立ち上がり、顔を上げた。
「……先日、とある武家から縁談がきまして……。でも、私好きな人が居るからと、……その人のことを父に話したら」
あの人は、徳川家の主だ。
身分違いもいいとこだって。
「…………」
何が言いたいのか解った俺は、黙り込む。
「家康さんが、許婚のひまりさんのことを……私が入る隙なんか、全然ないぐらいっ……想っているのは解っています」
「……なら、何しに来たの。俺はひまり以外興味もないし、ひまり以外の想いなんていらない」
俺のひまりは、
あんたじゃない。
下手に期待させないように、俺はあえてキツイ言葉を浴びせる。
「……噂で聞きました。織田家の姫様がある日こつぜんと姿を消したって……その人がひまりさんなんですよね?」
「…………」
ある程度、そんな噂が回っているのは気づいていた。表向きは、婚礼準備の為故郷に帰ったことになっているが……あのひまりが何の挨拶もなしに帰るとは思えないと、針子達や家臣達が騒いでることは信長様から聞いていた。
(噂の方が本当の話とは……皮肉すぎるけどね)
「ひまりは、明日帰る予定になっている……だから」
「予定なんて……絶対ではない、ってことですよねっ!!」
「っ………!」
その言葉に一瞬、期待よりも不安の方が大きくなる。