第55章 約束の地へ(10)※R15
「いよいよ、明日だな……」
信長様の意味深な呟きを聞き、俺の不安と期待が入り混じった心が、渦を巻きながら俺の中で動き出す。
思い出を辿るように、城の中を歩き……最後に庭先に足を踏み入れた。それから木に寄りかかると……ひまりの唇に初めて触れた事を思い出した。
あの時。
ひまりの寝顔を見て、涙の跡を見て……
(欲しくて、堪らなかった)
幼い頃に執着心を忘れ、必要なものだけあればそれでいい。人との関わりも最低限しかいらない。そう、思ってた俺が……初めて心から欲しいと思った。
「……家康、こんな所で何やってんだ?」
「別に……政宗さんこそ何しにきたんですか?」
滅多に誰もこない庭先で、武将が二人揃うのは珍しい。
俺が素っ気なくそう尋ねると……
「お前と一緒で、ひまりの思い出を探しにな」
「何で、ここが政宗さんとひまりの思い出の場所なんですか?」
自分でも自覚するぐらい、不機嫌な声が出る。
「おい、別に睨まなくてもいいだろ?お前が戦に行ってる間、ここの裏にある台所で、ひまりに料理の作り方、教えてたんだよ」
「料理の作り方?」
「……あぁ。お前の処にいつでも、嫁に行けるようにな,つまり、花嫁修業ってやつだ。……弓術も時々、練習してたみたいだしな」
そんな女だ。必ず帰ってくる。
政宗さんはそう言って、
珍しく俺の頭をくしゃっと撫でた。