第54章 約束の地へ(9)
私は病院を出た後、フラフラと街を彷徨うように歩く。
すれ違う人が、まるで景色みたいに見えて……
(……どうして)
(何で……)
頭の中で浮かぶのはそれだけ。履き慣れたはずのヒールなのに、バランスが上手くとれなくて、その場に座り込む。その衝撃で、アスファルトにポタポタと雫が落ちた。
(私、最近泣いてばっかりっ……)
もう嫌だっ。
グイッ!
誰かの手が私の腕を掴み、
力強く引き上げ身体を支えてくれる。
「せん、……ぱい」
顔を上げると、困ったように眉を下げる先輩がいて……
私の顔を見た瞬間、先輩はスーツのジャケットを脱ぐと泣き顔を隠すように頭に被せてくれた。
「……だから、通行の邪魔。行くよ」
先輩に強引に引っ張られながらついて行くと、あるマンションの前に着く。先輩は手慣れた手で、セキュリティを解除すると中に入り、ある部屋の鍵を開け私をそこに押し込んだ。
「せ、先輩っ!!」
ようやくここが先輩の部屋だと解り、私は急いで玄関のドアに手を伸ばそうとした瞬間……。
ドンッ!!!
壁と先輩の腕に囲まれ、私は逃げ場を失う。
「……誰がそんなにあんたを、泣かせてるの?」
「……わか、り……ません。解らないから辛いんですっ!!」
「俺なら……俺なら、ひまりにそんな思いはさせないっ!!」
(………え)
先輩の真っ直ぐな視線が絡む。
「……ひまり」
熱の篭った声で名前を呼ばれ、心臓が大きく跳ねる。
先輩は指先で私の乱れた髪を掬うと、そっと耳にかけた。自分の身体なのに、まるで石になったみたいに動かなくなって……顎を持ち上げられ、近づいてくる先輩の顔を見ながら……。
私はギュッと瞳を瞑った。