第8章 近づく距離
第八章「近づく距離」
「……自分でやるって聞こえなかった?」
「お医者さんが無理は禁物だってっ!」
「なら、後で女中にさせるからいい」
家康はそう言って、布団を被ると私に背を向ける。
私は、諦めて持っていたお粥を静かにお盆の上に戻すと、黙ったままの家康の背中をじっと見つめた。
捲り上がった着物から見える腕には、まだ痛々しい傷が沢山残っていて……
あの日の光景を思い出すたび、胸が苦しくなる。
命さえ危ない状況だって、お医者さんに言われた時は心臓が凍りついて止まりそうだった。
(……絶対に痛いはずなのに)
目覚めた時、家康は私に辛い過去を話してくれた。
初めて見せてくれた心に、少しだけ近づけた気がしたのに……
(……また、怒らせちゃった)
ちょっと前にも、着替えを手伝おうとしたら凄い剣幕で睨まれちゃったし…
(……やっぱり迷惑なのかな)
側に居ても役にたてない自分が情けなくて、ギュと唇を噛み締め俯く。
「……そんな顔、させたいわけじゃない」
その言葉に思わず顔を上げる。
いつの間にか、布団から起き上がっていた家康は、少し困ったような表情を浮かべている。
「……ただ、あんた、ずっと俺にかまけて、まともに寝てないだろうし」
「ちゃんと夜は寝てるよっ」
「……俺と話しても、つまらないだけだし」
「沢山話せて、嬉しいよっ」
「……つきっきりで看病なんかしても、何の得にもならない」
「私がしたいから、してるだけだよっ」
「……っ」
間髪いれずに答える私に、家康はそれ以上何も言わずただ額に手を当て、盛大なため息を吐いた。
「ごめんなさい…」
声が震える。
それは全部私の我儘で家康の意思じゃない。
(……でも)
声と同じぐらい、心も震えていて
「せめてもう少し回復するまでの間はっ…!」
私は真っ直ぐに家康を見る。
「側にいさせて欲しい、の」
駄目かな?と、私が聞くと家康は一瞬だけ決まりの悪そうな顔を浮かべ、そっぽを向くと目線だけ私の方に向けた。
「……俺が、動けないことをいい事に」
次、そんな事言ったら保証ないから
「えっ?……」
言われた意味が解らなくて、首を傾げると家康は顔を正面に向ける……
赤く染まった目元と視線が絡んだ。