第46章 約束の地へ(1)
「ただいま〜〜」
誰も居ないのについ実家暮らしの癖が抜けない私は、そう言って玄関の電気を点ける。机の上に荷物を下ろし、スーパーで買った材料だけキッチンに運び、晩御飯を作り始める。
「後は仕上げに……」
私は冷蔵庫からワサビを取り出し、蕎麦の上に乗せる。
「やっぱり蕎麦にはワサビはかかせ…な……い」
(………え)
まだ食べてもいない。なのに、鼻がツンとしたように感じて涙が流れる。
ーー……食べないんだ、ワサビ。
(っ……!!)
頭の中に一瞬だけ誰かの声が浮かぶ。
締め付けられるように苦しい胸を抑えながら、その場にしゃがみ込み蹲った。ドクドクする胸を押さえて目を閉じる。ぐるぐる体の中心が回っているみたいに。気分が悪くなって苦しいぐらい締め付けられる胸。
痛い。
でも何故か熱い。
(まただ……)
歩調に起きる症状。
とても大切な事が。絶対忘れてはいけないことが。ある気がして……私の中で何かが少しずつ剥がれていくような、そんな感覚に陥る。
記憶を失くした空白の三ヶ月間……。
「私は一体……何を忘れているの?」
答えは返ってこないまま、何にも思い出せないまま、いつも通り朝はやってくる。