第19章 友が為
20年前、
小さな生命が産声を上げる。そしてその愛しい我が子を抱き締める母親。
生まれたばかりで薄毛だが、髪ははっきりと青く、くりっとした目はガラス玉のようで綺麗な翡翠色だった。
色は母親似で、目元など顔は間違いなく父親似だった。
「よかったわ……無事に生まれて。本当に…良かった…」
女は僅かな体力を振り絞って、可愛い娘を抱き締める。
しばらくすると赤ん坊は泣き疲れて、母親の腕で眠りに落ちた。
「ほら…アナタも抱いてあげて。間違いなく私達の子よ」
すぐそばにいる背中に問いかける。娘が生まれたというのに、男は向き合おうとしない。
「……俺は…君に取り返しのつかないことをした。君は…もう……」
それ以上言えなかった。あまりに残酷な言葉だったから。
「こんな俺に…人並みの幸せを感じる資格が、あるのか……俺はいつか…その子をも苦しめてしまう…」
力がこもっていない霞んだ声で、この世で唯一愛する女に問いかける。
「……幸せになるのに、権利なんかないわ。アナタは私を、あの場所から連れ去ってくれたじゃない。私の幸せはアナタ自身なのよ。そしてこの子もそうよ」
男はようやく振り向いて、愛しい女を娘共々抱き締める。
そして世界でたった1人の我が子をゆっくりと優しく抱き上げた。
我が子の手元に自分の指先を差し出すと、ギュッと握られた。
「……名前はどうする?」
女はそう言って、窓の外に咲き誇っている一本の桜に目を留めた。
「桜、なんてどうかしら?桜のように強く美しく生きて欲しいって願いを込めて…」
「……雅がいい」
男はそう言って我が子の頭をソッと撫でた。それに呼応するように赤ん坊はにっこりと笑った。
「どんな生き方でもどんな姿になっても、自分の思う美しい生き方をしてほしい。この先どんなことになろうと、自分の力で未来を切り開いてほしい…」
「……雅…素敵な名前ね」
小さな生命はその誕生を祝福された。
そして男はその日から間もなくして、姿を消した。