第18章 帰ったらまず、手を洗おう
「あ、忘れてた」
高杉は自室で、昨日着ていた羽織の衣嚢から小さな包みを取り出して、独り言を漏らした。
雅に渡すはずの小さなプレゼント。
今までの感謝の意を込めて、慎重に選んだもの。
店主に「ヒューヒュー若いのはいいねェ」と冷やかされながら、買ったものだ。
大事なものなのに、昨日の祭りで渡し忘れた。
(昨日は役人に追われそうになったからな。しょーがねェ。今から渡すか)
襖を開けて外に出た。
昨日に遡ると、あの騒ぎの後、藍屋に戻った。
お直しに出していた服を雅は着直して、借りていたオレンジ色の着物を返した。
「このままあげますよ。代金はいりませんし」と藍屋勘は着物を差し出して申し出たが、雅は手の平を向けて丁重に断った。
確かに今までにない新鮮な時間を過ごせました。
だが、自分は戦に出る攘夷志士。今の私がこの代物を持っておくことはできない。
気持ちだけ受け取っておきます。ありがとうございました。
そんなことを言った。
彼女くらいの年頃なら、本来は昨日のような着物を身にまとい、素敵な男性と手をつなぎ、幸せを噛みしめる娘もいるのだが。
雅が外に出たあと、藍屋勘は今度は高杉に声をかけた。
『この着物は、あの方にとてもよくお似合いのものだったでしょう?』
『あ、ああ。初めて奴があんなおめかししているのを見たが、綺麗だった』
『あの、この着物は“ここ”(藍屋)でずっと預かっております』
『?』
高杉は何のことだと疑問を抱いて、藍屋勘はそのまま言葉を続ける。
『この着物はぜひあの方に持って頂きたい。ですが、今がその時ではないのでしょう。あなた方が幕府に蔑まれながらも勇敢に戦っているのをよく分かっております』
藍屋勘にとって、雅は息子の命を救ってくれた大恩人だ。
いや、それ以外にも、この家族の輪も護ってくれた。
この藍屋の主人は、息子の命が救われて以来、以前の頑固な空気が薄れて、少し穏やかな雰囲気になった。
女を差別的に見ていたが、素晴らしい女医に出会ったことがきっかけで、妻の藍屋勘の気持ちを尊重するようになった。