第16章 愛しさと切なさは紙一重
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あの光景を今でも忘れない。
あの人が、たくさんの人を救ってきた“せんせー”が、人を殺したところを。
刃をくぐり抜けて、相手の黒い衣裳を一瞬で赤く染めた。
切り傷から血が吹き出て、地面も赤く染まった。
血なんて見慣れているはずなのに、この時だけは拒んだ。
“華岡愁青だな?”
“俺の弟子に、何しやがる?”
せんせーの仮面は斬られて取れていたから、顔が見えた。
見たことのない顔をしていて、私は息がつまった。
怖かった。
心臓の鼓動音が、目の前の異常な光景に比例して、異常なまでに騒がしくなっていった。
“アレは、本当にせんせーなの…?”
後ろから不意をついてくる人も、全員目の前で皆殺しにした。
もうやめて。私は大丈夫だから。
そう大声を出して、止めるべきだった。
止めないと、あの人が違う誰かになってしまうような気がした。
心の中で叫んでも、声に出して顕せられなかった。
やっと声が出せたときは、もう遅かった……
“せ、せんせ……?”
そう呼ぶとせんせーは振り返った。
多分あの時、後ろの私が怪我をしてないか見てくれたんだと思う。
でも目が合って思わず私は、顔をひきつらせて後ろに下がってしまった。
するとせんせーは悲しそうな目を向けた。
“お前にだけは、見せたくなかったよ……”
お土産の団子が入った箱は、飛び散った血で汚れていた。
これまでの平穏な日々が、真っ黒い烏たちによって真っ赤にされて、一瞬で散った。
あの時がきっかけで、せんせーは変わってしまったような気がした。
いや、今まで私のそばにいてくれたのは“別の人”で、“本当のせんせー”は……
あの赤い瞳を思い出すと、心臓の奥から何かがグッと込み上げてくる。
怖い?悲しい?愁い?
何でせんせーが、人の体をよく知っているのか、分かった気がする。
頭にその図が染み付くくらい、人をその刀で……
あの時のあの人を一言で顕すなら、“死神”。
せんせー。アンタは一体、何者なの……?
一体、何を見てきたの……?
何で…母さんを……
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