第13章 青い髪、赤い血
「お前、医者を目指しているのか。一体どこで…」
桂は顔を上げたら、雅は浮かない顔になっていた。
(雅…?)
何かマズいことを言ったか?
雅は背を向けて猫を茂みの方へ逃がして、はっきりと口にした。
「私は医者になるつもりはないよ」
「え?」
ザアァァ…
風により2人の長髪が靡いた。
「私にはそんな大志も夢も、欠片も残っちゃいない。こんな技術、ただの廃れた産物さ」
雅はその場を立ち去ろうと桂を横切った。
・・・・・
「……残ってないということは、少なくとも昔はあったんだな」
ピタッ
雅は足を止めた。
「お前は病気で苦しむ人たち救いたいと願って、その技術を学んだんじゃないのか?」
キリッ
雅は桂を睨み付けて、桂は驚いて後ろに下がった。
「…松陽に色々聞いたらしいが、アンタは私を勘違いしている。私は…アンタが思ってるような殊勝な人間じゃない」
私には、再びメスを握る資格はない…
「とにかく、これ以上私に関われば、いずれアンタは後悔する」
後悔だと?
「何の話をしているのだ……?」
「……」
雅はそれ以上言うことができなかった。
自分の正体を誰かに明かす勇気が、この時はなかった。
「……昨日の謝罪を兼ねて、私のことを少しだけ教えた。だがこれ以上私に聞くな」
雅は松下村塾の中へと戻り、その場を去ってしまった。
「……」
ニャー
茂みからさっきの黒猫が姿を現して、桂の足元にスリスリよってきた。
「もしかして…励ましてくれるのか?」
まるで女の子に振られた後に友人が励ましに来てるようだ。
桂は猫の頭と腹の傷口を避けて背中あたりを撫でた。
(…松陽先生は言っていた。『彼女がいつか自分から話すまで待っているのですよ』と)
なら、俺もやることは一緒だ。
雅が昔何があって、医者の道の歩みを止めているのかは分からん。
だが、俺は信じている。
いつかアイツが話してくれることも。
前に向いて歩く日が来ることも。
彼女が医術に携わっていることを、この時は桂と松陽しか知らなかった。
そしてこれも、戦が本格的に始まる数年後まで、3人だけの秘密であった。