第7章 二人の宝物
「どこにいるんだろう‥。」
勢いに任せて天守を
飛び出たのはいいものの、
なにせ広い安土城。
まったく検討もつかない。
台所、以前使っていた凛の部屋
茶室に書簡庫、大広間‥。
(‥いない。)
うーん‥と凛が頭を抱えていると
仲のいい女中と鉢合わせた。
「どうかされたのですか?」
勘のいい女中は、凛の
表情を見て自然に問いかける。
「それが‥。」
困ったように笑いながら凛が
ことの次第を説明する。
「そういえば先程、中庭で
姿をお見かけしたと聞きました。」
もしかしたら‥と教えてくれた
女中にお礼を言い、中庭に向かった。
(そういえば‥。)
春日と日向が産まれてすぐ、
安土城に顔見せに来た時を思い出す。
―――大きな桜の木だね。
秀吉と子供を一人ずつ抱いて
二人で中庭の一際大きな桜を眺める。
「そうだな。」
春の暖かい日差しに包まれて
桜の花弁が舞い、美しく
それでいて力強いその姿に
暫く二人でその場に佇む。
「なんだか秀吉さんみたい。」
「俺?」
「うん、そう。」
暖かい日に照らされて、力強くて
見てるとなんだかほっとするから。
「俺は凛みたいだと思う。」
淡く色付いた桜の花弁が美しく、
全てを包み込むような穏やかさが。
「ふふっ。じゃあ名前ここで決めようか。」
「そうだな。‥それじゃあ、」
――――そうして決まった二人の名前。
穏やかに、暖かく、優しく
周りの人達を包んでくれるような
そんな人になれますようにと。
中庭に着き、桜の木を目指す。
もう桜は散ってはいるが
青々とした葉桜が生い茂っていて、
春の日差しを浴びて輝いて見えた。
(あ、居た!)
歩調を緩めて静かに近づくと、
すやすやと眠る三人の姿があった。
秀吉は両腕を広げ、右腕に春日。
左腕に日向の頭を乗せて、
気持ち良さそうに微笑んで見えた。
またいつ戦が起こるか分からない
この乱世で、愛しい人に出会って
かけがえのない宝物を授かった。
乱世で生きる女として、母として
この穏やかで幸せな光景を‥
大事なものを守れる様に強くなりたい。
そんな凛の思いを
応援するかのように
暖かな春の日差しが四人を包んでいった。
end.