第12章 二人の宝物 三章
「‥う‥ひッ‥!」
浪人の男の首には、音も無く抜き放たれた
美しい刀身がピタリと突きつけられている。
「‥死にたくなければ去れ。」
怒りに満ちた二色の瞳の持ち主は
喉元に突きつけた刃に力を込める。
「ッわかった‥!わかったよ!」
振り返りもせず、逃げ出した男に
侮蔑の眼差しを向けフンと鼻を鳴らすと
踏み躙られた花の傍で涙を零す徳姫に
そっと歩み寄った。
「‥顔を上げろ。」
クスンと鼻を啜る徳姫の頭を
ふわりと優しく撫でる。
「‥ひっく‥。」
大きな瞳に涙を浮かべたまま
ゆっくりと顔を上げる徳姫。
「もう泣くな。」
その優しく綺麗な眼差しと声色に
徳姫はゆっくりと息を吐いた。
「‥きれい‥。」
「‥お前と母親くらいなものだ。」
俺を綺麗と言うのは‥と、
徳姫の涙を拭い、散らばってしまった花を
拾い集める。
「‥来い。」
「‥でも‥母上が‥。」
知らない人について行っては駄目よ、と
凛に言われている事を思い出す。
「俺の名は上杉謙信。」
覚えておくといい、と片腕でヒョイと
徳姫を抱き上げる。
「花がいるのであろう?」
良い場所がある、と満足気に
歩き始める謙信。
不安気だった徳姫は、いつしか
その温かい体温と優しい微笑みに
ゆっくり頷いて身を任せた。
「‥これは。」
謙信と徳姫がその場を離れてから
数刻後、家康が一片の花弁を見つけた。
徳姫が持っていた木瓜の花弁。
すれ違う町民達の会話が耳に入る。
「さっきの女の子は大丈夫だったのか?」
「ああ。なんでも、えらい別嬪なお侍さんが
助けて下さったみたいだぞ。」
(‥別嬪な‥侍‥。)
息を整えながら、汗を拭う。
織田軍の武将達は皆、城に居る筈‥。
武田上杉が安土に来ていた‥
武田信玄は真田と居る‥、
頭の中で持てる情報を整理する。
(上杉‥謙信か!)
血の気が引くのを感じて、すぐに
家康は噂話をしていた町民の肩を掴んだ。
「その侍、どこに行った!」
「え!?あ、ああ、それなら‥」
(‥徳姫‥っ)
上杉は危険だ、と警鐘が鳴り
家康は、また走り始めた。
凛によく似た笑顔が
脳裏に浮かぶ。
「‥くそっ!」