第11章 二人の宝物 二章
「パ~パ。」
「何?」
めっきり涼しくなってきた秋の午後。
紅葉が美しい春日山城の庭に、
先月ニ歳の誕生日を迎えた娘と
手を繋ぎ、散歩をする忍者がいた。
「パ~パっ」
「ああ、綺麗な紅葉だね。」
最近覚えた"パパ"という言葉に
佐助は嬉しそうに微笑みながら
娘が指を指す方向を見る。
娘の名前は幸。
この戦国時代で出来た親友の
名前を一文字取って、
幸せに溢れる様、"さち"と名付けた。
母親によく似た愛らしい笑顔に
無邪気で天真爛漫な性格。
あの謙信さえも手懐ける強者だ。
「あっ!ママっ!」
「本当だ。ご飯が出来たのかな。」
縁側から手を振る凛を見つけ
一目散に駆け出す幸を見ながら
後ろからゆっくりと付いて歩く。
「幸、転けないようにね!」
「幸、転けないように気をつけて。」
二人同時に声を掛けた事に驚き、
二人で同じように微笑みあった。
「被ったね。」
「そうだね。」
ようやく縁側に辿り着くと、
凛は「おかえり。」と
幸をふわりと抱き上げた。
「ママっ!」
ギュッと凛の首に
抱きつくと幸せそうに
頬を擦り寄せる。
愛する妻と愛する娘。
その二人が幸せそうに微笑む。
「‥ここがエデンか‥。」
「‥えでん?」
凛達には届かなかった言葉を
今しがた春日山城に到着した
親友である幸村が拾う。
「‥楽園って意味だ。」
「‥お前、大丈夫か?」
眉間に皺を寄せて、本気で
心配する幸村にも佐助は
ポーカーフェイスを崩さない。
「そういえば、信玄様は?」
「ん?‥あれ?いねえな。」
さっきまでそこにいたのにな、と
ポリポリと頭を掻く幸村。
今日は躑躅ヶ崎館から
休暇に来た信玄と幸村と共に
夕餉を取ることになっていて、
広間には宴の準備が整っている。
「先に広間に行ったのかもなー。」
「そうかも知れないな。」
凛さん、俺達も‥と
声を掛けようと視線を投げると、
そこには見失ったその人が
ニコニコと笑顔を振りまいていた。