第8章 【R18】暑い夜と熱い夜
桜の季節も終わり、
紫陽花が鮮やかな梅雨がきた。
ワサビの餌係だから‥
庭の紫陽花が咲いた‥と
なにかと理由をつけては
仕事の合間を縫って
凛と会う口実をつける。
「綺麗な紫陽花だねっ!」
昨日降っていた雨も止み、
キラキラと雫を纏って輝く紫陽花を見て
凛が顔を綻ばせる。
(あんたの方が綺麗だ‥)
家康は口が裂けても言えない言葉を
胸の中だけで呟いた。
触れられそうで触れられない距離感と
真っ直ぐに思いを伝える事が出来ない
天の邪鬼な自分が居て
日々募る思いは、膨れ上がっていく。
花見の準備中、光秀が囁いた言葉。
"ぼんやりしてると奪われるぞ"
凛を狙っているのは
お前だけではないようだからな、と
光秀は妖しく笑いながら目を細めた。
(‥余計なお世話だし。)
家康は、その光景を思い出して
無意識に眉間に皺を寄せる。
「家康、どうかしたの?」
ハッと顔を上げると
心配そうに家康の顔を覗き込む
凛と目が合う。
「‥っ!」
いつの間にか近づいていた距離と
赤くなった顔を隠す為に
家康はプイっと顔を背けた。
「‥なんでもない。」
「‥そう。」
家康が素っ気なく告げると
少し寂しそうな表情になる凛。
その姿を横目で見やると
家康は気付かれぬように息を吐いた。
(凛は、俺の事‥)
――どう思ってるの?
そんなたった一言が聞けないまま
家康は暫く、その場から動けないでいた。