第3章 ー華ー
その日、朝から降り続いた雨は、夜になっても一向に止む気配を見せず、潤は一つ舌打ちをすると、五助を懐に入れ、その上から合羽を着こんだ。
建付けの悪い戸の隙間から顔を少しだけ出し、周囲に人がいないのを確認し、部屋を抜け出そうと身体を半分程出した、その時だった。
「こんな時分にどこへ行くんだい」
感情のない照の声が、潤を引き留めた。
「どう…して?」
いつもなら蔵に膳を運んでいる筈の時刻。
なのに何故…
潤は不審に思いながらも、出鼻を挫かれたことに、苛立ちを感じた。
「部屋へお戻り」
照は周囲の様子を伺いながら、自分を睨め付ける潤の背中を部屋の中へと押しやり、錆で朽ちかけた錠をかけた。
潤は苛立ちを隠せない様子で、乱暴に合羽を畳の上に脱ぎ捨てると、懐に抱いた五助を解放した。
「そこにお座り」
威圧的な照の口調に、潤は逆らうこともなくその場に胡座をかいた。
小さな卓を挟んで向かい合わせに座った二人の間に、重苦しい空気が流れた。
「まったくお前って子は…」
照は深い溜息を一つ吐いて、卓の上に所在なさげに投げ出された潤の手に、長い年月の末に刻まれた皺だらけの自分の手を、そっと包み込むように重ねた。