第2章 ー月ー
ある日潤は庭に迷い込んだ一匹の犬を拾った。
人目につかないよう、空いていた使用人部屋に隠し、こっそり飼おうとも考えたが、照にだけはそのことを正直に打ち明けた。
隠したところで照には隠し通せる訳が無いことを、潤は知っていた。
当然咎められるだろうと思っていた潤だったが、旦那様に見つからなければ、と照はあっさり犬を飼うことを許可した。
照は気付いていた。
潤が夜な夜な蔵へ忍び込んでは、明け方に戻って来ていることを…
そして潤が智にどうにもならない想いを寄せていることも…
根拠などない。
ただ長年我が子同然に育てて来た、照の勘だけがそう思わせていた。
犬を飼うことで、智への想いが少しでも薄れるのならば…、そう願ってのことだった。
潤はその犬に“五助”と名付け、五助を可愛がる潤に、照も険しい目を少しだけ和らげた。
しかし、そんな照の願いを他所に、潤の智への想いは益々膨らんでいった。
潤が五助を懐に入れ、智の元へ連れて行くと、智は生まれて初めて触れる犬に、初めこそ怯えた様子を見せていたが、人懐っこい五助の性格のお陰もあってか、頬を摺り寄せられるまでになった。
明け方になって潤が蔵を後にする際も、五助を置いて行けと強請っては、潤を困らせた。
「五助をここに置くことは、出来ないんだ…」
大粒の涙を零し、泣きじゃくる智の顔を見る度、潤は後ろ髪を引かれる思いに駆られた。
ー月ー 完