第2章 ー月ー
それからと言うもの、潤は智と交わした約束の通り、度々人目を盗んでは蔵に忍び込んでは、智との逢瀬を繰り返した。
潤は寝る間を惜しんで、蔵の中の世界しか知らない智に、潤の知りうる限りの外の世界の出来事を話して聞かせた。
時には、使用人たちの間で話題になっていた、最近になって出来た蒸気機関車の話を…
またある時には、幼い頃に家族でたった一度訪れた海の話を…
潤はまるでお伽話でも語るような口調で、智に話して聞かせた。
潤の話に智は赤い瞳を耀かせ、身を乗り出す様に聞き入っては、頭の中にその光景を思い浮かべた。
潤もまた智と同じように、懐かしい光景に想いを馳せては、夢想を繰り返した。
見たこともない菓子の味を想像して、知らず知らず動いていた口に、笑い合ったこともあった。
それは二人にとって、とても甘く幸せな、夢のような時間だった。
潤は無邪気に向けられる智の笑顔に、次第に心惹かれていくのを感じていた。
それが潤にとって初めての恋心だとも気付かずに…
可愛い智…
綺麗な智…
そして悲しげに涙を流す智…
そのどれもが、潤は愛おしくて仕方なかった。
いっそのこと、この蔵から智を連れ出し、一緒に逃げてしまいたい…
叶いもしない思いに駆られることも少なくはなかった。