第2章 ー月ー
まんじりともせず、ただ白々と夜が明けて行くのを、明り取りの小さな窓から見ていた。
もう暫くすれば照が朝の膳を手に、この蔵にやって来る。
その前にもう一度だけ、智と言葉を交わしたい。
潤は彼の肩に頭を預けたまま、今だ眠りに耽る智の華奢な肩を軽く揺すった。
「俺、もう行かなきゃ…」
まだ眠そうな瞼を擦りながら、智がゆっくりその身を起こした。
そして潤の顔を見上げると、
「また…来てくれ…る?」
そう言って瞼をしばたたせた。
少しだけ眠気を含んだ声は、ただでさえ幼い智の口調をより幼い物にした。
明り取りの窓から差し込む陽に、白い髪が透き通り、眩いばかりの光を放つ。
それはともすれば、智を包み込む御光のようにも見えて、潤は一瞬目の前が眩むのを感じた。
ああ…やっぱりこの人は天使様だ…
悪魔でなんかあるもんか…!
潤はその長い髪を指で掬い上げながら、寝起きのせいだろうか、少しだけ水気の多い瞳を覗き込んだ。
「来るよ。また君に会いに来るよ、だから…」
潤は赤い瞳に吸い寄せられるように、智のふっくらとした赤い唇に、自分のそれを重ねた。
そっと触れただけの口付け。
それが潤の初めての口付だった。