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世界の果てのゴミ捨て場(HQ)

第4章 縦に線(菅原孝支)





 耳からイヤホンを外し、何か私に言ってくる。ちょうど通り過ぎた車のエンジン音で聞き取れず、え?と私は近づいた。
 
 
「おつかれ、って言った」
 
「あ、うん 」
 
「勉強してたんだろ?」
 
「…うん」
 
 
 話しかけられている。夜で辺りが暗いのが幸いだった。
 
 緊張して、言葉を継げないでいた。好きな人の前でも、仲の良い子と一緒にいる時と同じように笑いたいのに。
 
 部活のことや、宿題のこと、最近寒くなってきたということ。ささやかに話す菅原に、小さな声で返事をするのが精一杯だった。
 


 信号が青になる。同じタイミングで最初の白線を踏む。私の右手のすぐ近くに菅原の左手があった。すぐ近くにあった。優しそうな顔も、笑うと目尻が下がる目も、カバンも、腕も、学生服の匂いさえ感じるほど 近くにあった。言葉が見つからない。思いは渦巻いているのに、たくさんのことを妄想していたはずなのに、私はただめまいがした。
 
 
 隣にいる。こんな近くに。恵まれ過ぎてバチが当たるのではないか、と。 
 

 永遠に続いてほしかった。たくさん話がしたかった。 どうでもいいくらい小さい頃の想い出を、一晩中話してもらいたかった。
 
 
 
 横断歩道を渡り終えたとき、菅原の足は私の家とは反対方向に動いた。
 
「俺んち、こっちだから」たったそれだけ。「また明日な、桐谷」
 
 
 また明日、と私も声を振り絞る。頭上で青信号が点滅していた。この横断歩道を、と私は背後を振り返った。一緒に。
 

 秋の星座が満開に空に広がっていた。それを背景に遠ざかっていく菅原の姿が一枚絵のように綺麗に見える。どうしてだかわからないけど、泣きそうになる。いまから走れば追い付ける。気持ちを伝えることだってできる。でもまだ秋だった。クリスマス、バレンタイン、卒業式。チャンスはいつだってあるはずなのに、私はこの想いを抱えたままで、大人になっていくのだと思った。好きな人を独り占めできた、このたった数十メートルをよすがにして。 
 
 
 
 
 
『縦に線』
 


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