第3章 you are in my life (夜久衛輔)
「寂しい、かぁ、考えてなかったなぁ。でも、いつも琴葉が立ってたところが空っぽだったから、あぁ、いないんだなぁ、とは思ってたけど」
恥ずかしいのか、夜久はウロウロと視線を巡らせた。話題を変えようと探しているのが見え見えだった。彼は唐突に、「壁に飾ってる、あれ」と海の写真を指差した。
「これ?お母さんの故郷」
「きれいな海だな」
「いいところだよ。私も、何度か遊びに行ったことがある。時間の流れがゆっくりなんだ。いつか、夜久も一緒に行こう」
小さく頷く夜久の姿に、さっき見た夢の光景が被さってくる。手提げ提灯に、風に揺れる笹飾り。赤いランドセルを買ってもらったばかりくらいの、小さかった頃の記憶だ。海はいつも変わらないけど、時間の波にさらわれて記憶は風化していっている。元気だった頃の祖母の顔を思い出そうとしても、朧気で、短冊の豊かな彩りも褪せている。
「夜久、帰らないでほしい」
小さい声で言ったつもりが、静かな部屋の中では響いた。
「いつか、急に夜久がいなくなったらどうしようって考えちゃうんだ。すごくこわい」
「えぇ、俺だって嫌だよ、琴葉がいなくなっちゃうの」
夜久は困った顔をしている。「でもさ、いなくなったら、じゃなくて、いてくれてありがとうって思ってほしい」
私は枕に頭を乗せたまま、その言葉を聞いた。甘やかしのない優しさは、いつも通りの夜久の返事は、それで大丈夫なんだと安心できた。
「ありがとう、夜久。来てくれて」
「どういたしまして。琴葉も、いつも側にいてくれてありがとうな」
カバンを肩にかけたまま、夜久は屈んでキスをしようとしてきた。触れる直前ではたと気付いて、宛先を私の唇ではなくおでこへと変更して、うへへ、と笑った。
「あっついな」
「そうだよ、熱があるんですもの」
『you are in my life』