第4章 愛玩(木兎光太郎の場合)
玄関先にどたばたと音が響いた。
重たい物が転がるような、それでいて子どもが懸命に駆けてくるような、そんな音。どうやら彼が帰ってきたらしい。
「椿ちゃん! ただいま!」
ダイニングで料理中の私を見るなり、顔いっぱいに笑顔を咲かせる彼。
特徴的な頭髪の銀と黒。
良くも悪くも大雑把な性格のせいで、肩にかけたエナメルバッグからチームジャージがはみだしている。背に躍る、JAPANの文字。
「この間の試合、観てくれた!?」
「観たわよ、少しだけ」
「えー!? 少しだけ!?」
彼はスポーツ選手だ。
全日本代表に選出されるほどの腕前を持っていて、その世界では有名な『黄金世代のひとりが俺!』らしい。
彼と同世代のプレーヤーは、確かに、大会期間中ともなれば連日メディアを賑わしている強者ばかりだ。
そう、その中のひとりが彼。
豪快なスパイクと弾ける笑顔がトレードマークの、──以前ニュースでそう紹介されていた、バレーボール選手。
そして同時に、私のペットでもある。もちろん彼は人間だけれど、事実、そうなのだ。
彼はペットで、私はご主人様。
「仕方ないじゃない。仕事が忙しかったのよ、それもすごくね」
でも、ちゃんと録画してあるから。
私がそう言葉を足すと、むくれていた顔にパ!と笑顔が戻る。
じゃあ今から一緒に観よ!
俺、シャワー浴びてくる!
だなんて、またどたばたと駆けていく大きな背中を見送って、私は料理を再開するのであった。